ヒューマンドキュメンタリー映画祭・阿倍野|2017年度映画上映プログラム

第15回(2017年)告知用パンフレット

「いのち」を見つめ続けて…
『ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》』は、これまでたくさんの人々に支えていただきながら、さまざまな人々の生き様を描いた優れたドキュメンタリー映画祭を上映し続け、日本を代表するドキュメンタリー映画祭のひとつとして知られるようになりました。
これまで応援してくださったみなさまこ深く感謝し、「ありがとう|の気持ちと共に、6月24日(土)・25日(日)、『ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》2017」を開催いたします。
今年は、福祉ドキュメンタリーの原点、「夜明け前の子どもたち」を上映、映画という「いのち」と出逢い、映画祭という舞台で、観客とともに「いのち」を観つめ続けたいと思います。
差別や、偏見や、イジメ…暴力、武力による支配…私達の社会は決して平和とは言えません。自由とは言えません。大声をあげるわけではなく、静かに押しもどそう・・・ではありませんか。
また、2005年から2016年まで開催した、アマチュア作家の登竜門でもあったヒューマンドキュメンタリーコンテストの最優秀賞受賞作品のうち、3作品を上映します。

ごあいさつ

「ありがとう」

限りある「いのち」を生きる…
だからこそ、その「いのち」を精一杯生きよう…と。

「ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》」を始めて
15年の歳月が流れました。
もしも、映画祭も生きものであるとしたら、
私たちは「ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》」という「いのち」を
精一杯生きたと思う。
そして限りある「いのち」を、今年終えることになります。

みんなに支えられ続けて来た私たちの「映画祭」は
今年で幕を降ろします。
お世話になりました。
本当にありがとうございました。

出来れば理由は聞かないで欲しい。
大切なことには、理由がないのだ。
映画が好きになったり、人を好きになったりすることに、
いちいち理由が無いように。
「ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》」は、今年で終了します。

そして、その最後の開催日は
いつもの夏の終わりではなく、
6月24日(土)と25日(日)の二日間、
いつもの阿倍野区民センターでやることにしました。

支えてくださったみなさんに
「ありがとう」の気持ちで
15年目の「ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》」を
開催したいと思います。

笑顔で集まりましょう。
そしておおいに別れを惜しみましょう。
祈再会。


ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》
総合プロデューサー:伊勢 真一

上映プログラム

「共に生きる」という原点を大切に、
ヒューマンドキュメンタリー映画という、
さまざまな人々の生き様をテーマにした作品を上映し、
映画を鑑賞することにより、
自然な形で「人権」「障がい」「共生」について考える契機になれば・・・
私達は何故、ヒューマンドキュメンタリー映画祭を始めたのか?
15年を支えた情熱は何だったのか?
『ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》2017』は、
昨年度以上に原点ということを意識したプログラムです。

6月24日(土)

10:00~ 開会式
コンテスト最優秀賞作品上映
「羽包む(はぐくむ)」(2005)
「学校を辞めます」(2008)
「軍属だったおじいちゃん」(2016)
12:00~ うたごころ《2012年版》」(112分)
榛葉 健 監督
15:00~ 夜明け前の子どもたち(120分)
柳澤 寿男 監督
17:00~ ドキュメント・トーク
玉村 公二彦 (奈良教育大学教授)
西村 信子 (「奈緒ちゃん」のお母さん)
伊勢 真一 監督
18:30~ 奈緒ちゃん(98分)
伊勢 真一 監督

6月25日(日)

10:00~ シバ 縄文犬のゆめ《字幕付》(99分)
伊勢 真一 監督
12:30~ 花はんめ(100分)
金 聖雄 監督
15:00~ やさしく なあに 〜奈緒ちゃんと家族の35年〜」
(仮題)未完成版
伊勢 真一 監督
17:00~ ドキュメント・トーク
金 聖雄 監督
榛葉 健 監督
伊勢 真一 監督 他
18:00~ 閉会式

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「うたごころ《2012年版》」(112分)

2011年3月11日に発生した、東日本大震災。未曾有の苦難が幾多の人々にのし掛かる中、それに屈せず、ひたむきに生きる女子高校生たちの姿を描く、ドキュメンタリー映画がある。
現在も撮影を続けている「うたごころ~宮城・三陸/女子高校生たちの青春」。
宮城県で自宅を津波で失った女子高校生と、大阪のプロボーカリストたちが「合唱」を通して、人と人との”絆”を深めていく姿を描き出す。

榛葉 健 監督

1963年生まれ。
大阪の民放局で社会派、自然など幅広く番組を制作。
世界最高峰で2年間撮影した「幻想チョモランマ」は海外でも放送した。
阪神・淡路大震災では、特別番組15本を制作。そのうち『with…若き女性美術作家の生涯』は、「日本賞・ユニセフ賞」「アジアテレビ賞」など数々の国際賞を受賞。世界的反響を受け、2001年、日本のビデオドキュメンタリー番組として史上初めて映画化した。
東日本大震災の発生後は、私費で宮城県三陸地方に通い続け、映画『うたごころ』シリーズを制作。全国・海外で上映。
どの映画も、人々の苦難や絶望に寄り添いながら、人生の《光》や《希望》を手繰り寄せる作風が特徴。上映後の卓越した講演も感動を呼び、《いのち》のメッセージとして絶賛されている。

出会い
human nite寺尾との出会い
関西を拠点に600人の合唱グループ「human note」を率いるシンガー、寺尾仁志。これまで阪神・淡路大震災のあった神戸や、世界各地の困窮地帯に自ら足を運んで、物資を届けたり、合唱歌で現地の人々を励ますといった、独自の支援活動を展開してきた。 2011年5月初旬、寺尾は「human note」のメンバーと共に、津波で甚大な被害を受けた宮城県南三陸町に向かった。一人の表現者として“現実”と向き合い、何ができるのか模索したかった。だが、現場に着いた寺尾は絶句する。 「あかんやろ…、あかんやろ…、」それでも覚悟を決めて、避難所で自分たちの歌を届けた。そこで出逢った、歌を真剣に聴いている一人の少女。地元の高校の合唱部員だった。

少女と「合唱」そして「未来」
合唱部の引退コンサート
3月11日、町の中心地・志津川地区にあった自宅は津波に流された。家族が大切にしていた、あらゆるものが消えた。 残ったのは、家の土台だけ。周囲は大量の瓦礫で山のようになっていた。  歌を通して、心を通わせ始めた寺尾と少女。次第に明らかになる彼女の生い立ち。津波という苦難を経て、パズルのような家族関係が少しずつ変化していく。 6月、少女の所属する気仙沼高校合唱部は、3年生の引退が迫っていた。過酷な日々の中で、女子高校生たちが力を合わせて歌う最後の”合唱”。 その声は、三陸の人々の”心”に響くのだろうか

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「夜明け前の子どもたち」(120分)

『夜明け前の子どもたち』は、1968年製作の日本の福祉ドキュメンタリーの原点と言われることもあるドキュメンタリー史にのこる名作です。
企画・監修したのは、知的障がい者の父と呼ばれた故糸賀一雄氏、我が国最初の重症心身障がい児施設「びわこ学園」を舞台に、その療育活動をおよそ一年間記録しました。
糸賀一雄氏がかかげた「この子らを世の光に」の理念の実践としての記録映画創りは、障がいのある子どもたちを厄介な病人としてとらえるのではなく、発展途上において足ぶみしているだけの、一人ひとりの人間として見つめる視点に貫かれています。 どんな障がい児も、自己実現の可能性を秘めているという生命感が、「びわこ学園」に根付いていたからでしょう。
映画は医療と療育の一体化した取り組みを記録し、日々の生活の中に発達の芽があることを描き切っています。

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柳澤 寿男 監督

監督は、福祉ドキュメンタリーをライフワークとした柳澤寿男氏、撮影は、後に『奈緒ちゃん』を伊勢真一監督と共に撮った、瀬川順一カメラマンです。
50年前に製作されたこの映画を「ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》2017」で観てもらうことを通じて、私たちの時代の福祉を、社会を、生きることを、もう一度見つめ直すことが出来ればと考えました。

「奈緒ちゃん」(98分)

「姉に長女が生まれた。しかし、普通ではない、何かの病気のようだ」と知ったのは、記録映画の編集者だった父、伊勢長之助が亡くなった年。姉の長女、奈緒ちゃんの病気がてんかんで、知的障がいがあるとわかったのは、それからさらに数年後でした。
クランクインは1983年1月3日。8才になった奈緒ちゃんのお正月の初詣でのシーンでした。みんな手弁当での協力に、奈緒ちゃんのお父さんは「なんで、一銭にもならないことにあんなに夢中になれるのか。映画づくりにかかわる人達の気持ちは理解できない」とさかんに首をかしげていました。いわゆる福祉映画にするのはやめよう。そのために、奈緒ちゃんとその家族の普通の日々をしっかり見すえてゆこう、と奈緒ちゃんのもとへ通い続けました。
このフィルムには「しあわせ」が写っているとつぶやいたのは、大ベテランのカメラマン、瀬川順一さん。「しあわせ」という言葉がなぜだかとってもなつかしく、新鮮な響きに聞えたのを今でも忘れません。
〈しあわせ、家族のしあわせ〉奈緒ちゃんが家族に育まれ、家族が奈緒ちゃんに育まれた12年間の記録は1995年に完成、全国各地で500ヶ所を越える自主上映が行われました。

伊勢 真一 監督

ドキュメンタリー映像作家。1949年東京生まれ。
『奈緒ちゃん』『えんとこ』『風のかたち』をはじめ、数多くのヒューマンドキュメンタリーを製作。
『風のかたち』文化庁映画賞・カトリック映画賞受賞。
『大丈夫。』キネマ旬報文化映画第1位、
『傍(かたわら)〜3月11日からの旅〜』キネマ旬報文化映画第6位。
2012年日本映画ペンクラブ功労賞
2013年度シネマ夢倶楽部賞受賞。
近作は『シバ 縄文犬のゆめ』(2013年)
『妻の病 −レビー小体型認知症−』(2015年)
『ゆめのほとり −認知ープホーム 福寿荘−』(2015年)。
最新作は『いのちのかたち −画家・絵本作家 いせひでこ−』(2016年)。
現在、『元気? −奈緒ちゃん・36年の記録−』(仮題)を製作中。

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「シバ 縄文犬のゆめ」(99分)<字幕付>

縄文の「いのち」を生きるシバ犬と、犬を愛する人々が織りなす愛情物語。まるでファンタジーのようなヒューマンドキュメンタリー。
柴犬の祖先は、日本犬のなかで最も古くから我が国に生息していたと言われています。この映画は、“縄文犬(じょうもんけん)”とよばれることもある柴犬の「純化」と「保存」に取り組んできた天然記念物柴犬保存会のリーダー照井光夫さんと、その仲間たちを3年間にわたって記録したドキュメンタリー。
照井さんは十代後半から「柴犬」の虜になってしまい、今では30頭近い犬と共に日々を過ごしています。柴犬保存会の創立者である中城龍雄氏の弟子を自認する照井さんは、縄文時代に私達の先祖が狩りの友としていた日本犬を理想とし、「柴犬」をその理想に戻す保存活動を半世紀に渡り、夢中になって取り組んできました。「縄文犬のゆめ」を追って来たのです。
縄文の昔から、私達人間はどれほどの進歩をしたのでしょう…。縄文の記憶を秘める犬達が、じっと私達を見据え「ウ〜…」「ワン!」「ワン!ワン!!」と吠え続けています。犬たちの記憶に触れ、私たち自身の記憶を呼び覚ます物語に、思いを巡らせてもらえたら嬉しい。

伊勢 真一 監督

ドキュメンタリー映像作家。1949年東京生まれ。
『奈緒ちゃん』『えんとこ』『風のかたち』をはじめ、数多くのヒューマンドキュメンタリーを製作。
『風のかたち』文化庁映画賞・カトリック映画賞受賞。
『大丈夫。』キネマ旬報文化映画第1位、
『傍(かたわら)〜3月11日からの旅〜』キネマ旬報文化映画第6位。
2012年日本映画ペンクラブ功労賞
2013年度シネマ夢倶楽部賞受賞。
近作は『シバ 縄文犬のゆめ』(2013年)
『妻の病 −レビー小体型認知症−』(2015年)
『ゆめのほとり −認知ープホーム 福寿荘−』(2015年)。
最新作は『いのちのかたち −画家・絵本作家 いせひでこ−』(2016年)。
現在、『元気? −奈緒ちゃん・36年の記録−』(仮題)を製作中。

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「花はんめ」(100分)

川崎のさくらもとに住むハンメ(在日のおばあちゃん)たちの、せつなくも、まぶしい物語。

舞台は、神奈川県川崎市桜本界隈。
在日韓国・朝鮮人が多く暮らす街。

そして描かれるのは、在日のおばあちゃんたちの「今」。

言葉では語り尽くせぬほどの苦労を重ねてきたおばあちゃんたち・・・
カメラはただ寄り添うように、
ひたむきに生きる彼女たちの「今」を映し出します。

おばあちゃんたちの「今」は、どうってことのない日常かもしれません。
でも80才をすぎてやっと手にできた温和な日常は、
人生の中で一番輝きを放っています。

タイムスリップしたような懐かしさの漂う路地裏。
「清水の姉さん」とみんなから慕われる孫分玉(ソンブンオク)さん(86)が住むアパート。
ここが映画の舞台。

その小さな部屋に、いつもいつもやって来るおばあちゃんたち。
たわいもない話に笑い、自分史を語り合い、涙を流します。

そして想い出の歌をうたい、踊る・・・
おばあちゃんたちはこの小さな部屋で、
置き去りにしていた青春を取り戻していくのです。

2004年に完成した『花はんめ』ハンメたちのほとんどは亡くなりました。今こそ、もう一度観てもらいたい映画です。

金 聖雄 監督

1963年大阪生まれ。これまで4本のドキュメンタリー映画を監督。
他にもPR映像、テレビ番組など幅広く手がける、フリーの映像演出家。

1998年 夏、私の母、金正順(キムジョンスン)は病死しました。77年の生涯・・・
母はしあわせだったのだろうか。末っ子で苦労をかけた私には、悔いが残りました。何もしてあげられなかったと・・・
『母や在日一世たちが、歴史の渦に飲み込まれながらも、日本という舞台でたしかに生きた、生きているというあかしを残したい』
この映画は私のそんな思いを仲間たちの力を借りてかたちにしたものです。私に出来ることは、小さなお墓を創るような気持ちで、映画をつくることでした。

おばあちゃんたちは、おしゃれで、おちゃめ。どこでも、歌って、踊るパワフルウーマン。そして喜怒哀楽の激しい超個性派ぞろい。おばあちゃんパワーが爆発すると、50年ぶりに水着でプールへザブン!

映画『花はんめ』の魅力は、今を力の限り生きようとするおばあちゃんたちの、さわやかな姿です。「生きることはこんなにステキなことなんだ・・・」
そのことを、理屈抜きに映画は語りかけます。きっとこの映画を観た誰でもが、映画から沢山の元気をもらうことでしょう。頭で考えすぎずに、さあ、歌って踊って笑って・・・
この作品は、おばあちゃんたちが持つ、力強さ、優しさ、そして個性溢れる言葉や行動力にスポットを当てています。ひとりひとりが尊厳をもって生きる姿を素直に描いた人間賛歌のヒューマンドキュメンタリーです。

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「やさしく なあに 〜奈緒ちゃんと家族の35年〜」(仮題) 未完成版

「この子は長く生きられない…」
医者にそう言われた、と姉がてんかんと知的な障がいを持つ長女・奈緒ちゃんのことを私に話してくれたのは、奈緒ちゃんが2才か3才の頃だったか…
自分に出来ることは映画を創ることだ。家族のアルバムのような記録を撮ってみようと思い、8才の正月、1983年1月3日にカメラは回り始めました。

撮るべきものは「元気な奈緒ちゃん」。
奈緒ちゃんはどんどん元気になり、奈緒ちゃんを育てながら、姉も又、元気に成って行きます。
奈緒ちゃんのお母さんは、障がいのある子どもを持つ仲間たちのリーダーとして「ぴぐれっと」と呼ばれる地域作業所を立ち上げ、地域の中で障がいのある一人ひとりを育てる活動に取り組みます。
私はその過程を、『奈緒ちゃん』『ぴぐれっと』『ありがとう』という三本のドキュメンタリー映画にまとめました。
それでも撮影を止めませんでした。
「元気な奈緒ちゃん」を撮る、という約束を果たすために。

気がついたら、35年の歳月が積み重ねられていたのです。
「長くは生きられない…」と言われた奈緒ちゃんがしっかりと生き続けた事実を観てもらわなければ、「生きたぞ!」「生きてるぞ!」と言わなければ、と思いたったのは2016年の夏でした。

奈緒ちゃんは44才、元気です!
「奈緒ちゃんが生まれたから、生きたから、たくさんの命が生きた…」

伊勢 真一 監督

ドキュメンタリー映像作家。1949年東京生まれ。
『奈緒ちゃん』『えんとこ』『風のかたち』をはじめ、数多くのヒューマンドキュメンタリーを製作。
『風のかたち』文化庁映画賞・カトリック映画賞受賞。
『大丈夫。』キネマ旬報文化映画第1位、
『傍(かたわら)〜3月11日からの旅〜』キネマ旬報文化映画第6位。
2012年日本映画ペンクラブ功労賞
2013年度シネマ夢倶楽部賞受賞。
近作は『シバ 縄文犬のゆめ』(2013年)
『妻の病 −レビー小体型認知症−』(2015年)
『ゆめのほとり −認知ープホーム 福寿荘−』(2015年)。
最新作は『いのちのかたち −画家・絵本作家 いせひでこ−』(2016年)。
現在、『元気? −奈緒ちゃん・36年の記録−』(仮題)を製作中。

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コンテスト最優秀賞作品

プロ・アマを間わず、ドキュメンタリー文化を育むことを目的に開催を続けてきたヒューマンドキュメンタリーコンテスト。全国各地から毎年多数の作品が応募され。《阿倍野》がドキュメンタリストの発表の場として定着し、当コンテスト出身の映像作家も誕生しています。
最後となる今年、ご応募いただいたみなさまのさらなる活躍を期待し、2005年から2016年のコンテスト最優秀賞受賞作品の中から、3作品を上映します。
※最優秀賞受賞3作品の上映後、制作者と伊勢監督によるトークかあります。

ドキュメンタリー
コンテスト
2005年度
最優秀賞受賞
テーマ「阿倍野の記憶・私の記憶」
「羽包む(はぐくむ)」(20分)
制作者:中井 佐和子さん


この作品は私にとってとても身近な世界を写したものです。そしていま私は東京で就職してなべっちや当時のクラスメイト達とも遠く離れていますが、「羽包む」をみると高校時代のみんなや自分に会えるような気がします。
私の目にしか映っていなかった光景を、作品にすることで誰かが見て、何かを感じてくれる。そのことがとても新鮮でした。

<制作者からお客様へメッセージ/2017年6月>
「羽包む」は大学の卒業制作として作った作品です。
高校生で出産しシングルマザーとなった友人にカメラを向けた、私にとって初めてのドキュメンタリー作品でした。第一回のコンクールで賞をいただいた時は、就職の為に上京しADを始めた頃だったのでとても励みになりました。
12年の時を経て、今回上映していただけること光栄に思います。
改めて作品を見直すと拙いところばかりで(特に自分で吹き込んだナレーションなど・・)恥ずかしい限りですが、初々しい素直な気持ちで作品を作っていることに、改めて気づかされることもありました。
また私にも子供が生まれたこともあり、当時以上に高校生で母になることを選んだ友人の強さや覚悟を思い知りました。
優しい気持ちでご覧いただけると幸いです。
ドキュメンタリー
コンテスト
2008年度
最優秀賞受賞
テーマ「日常」
「学校を辞めます-51歳の僕の選択」(16分30秒)
制作者:湯本 雅典さん


僕は51歳で東京都の公立小学校の教員を自主、中途退職した。それは、本意ではなかった。僕にとって、毎日学校に行くことはあたりまえの「日常」だった。しかし。それが急にできなくなる事態が襲ってきたのである。この作品は、退職するまでの一年半を記録したビデオである。

<制作者からお客様へメッセージ/2017年6月>
10年前この作品ができたとき、「今」を予想することは到底できませんでした。余裕がなかったから当然と言えます。でも10年たって当時を振り返ってみると、そこに「今」につながる伏線があったのだと感じます。その伏線が、恐ろしい話ですがこの映画の中に描かれていることを発見しました。それは、自由に言いたいことが言えなくなくなるということです。僕は、新聞に投書しただけで転勤を命じられました。「あなたは本校の方針にあいません」という理由で。同じことが今、政治の世界で起きています。
社会が、大きく変わりつつあります。10年前は、毎日がとにかく楽しかった。子どもと、職場の仲間と関ることがこの上なく楽しかった。それが消えてなくなることに大きな悲しみを感じながら、この作品を「必死に」作ったことを覚えています。しかし今考えてみると、僕が学校を辞めても辞めなくても10年前感じていた「楽しさ」というものは、もうあとかたもなくなってしまったのではと感じています。
今も僕は、映画を撮っています。僕から映画を取り上げたら何も残りません。映画作りは、僕を救ってくれました。10年前と比べてみると、少しは冷静にカメラに向かうことができるようになったと思います。しかし、当時のカメラにかけた「必死さ」は、忘れてはいけないとも思っています。
ドキュメンタリー
コンテスト
2016年度
最優秀賞受賞
テーマ「ヒューマンって何だろう・・・」
「軍属だったひいおじいちゃん」(17分30秒)
制作者:松本 日菜子さん


松本日菜子は、都内の大学に通う20歳。祖母、飯田尚世の家には、軍属だった曽祖父・眞柳照乎に関する資料が多く残されている。しかし、戦争経験もなく彼に会ったこともない松本にとっては、写真の中だけの遠い存在だった。ところが、殉職船員追悼式があると聞き、そこへ訪ねたことを皮切りに彼の死を巡る旅がはじまった。松本は親戚や過去の資料を調べたりしながら、彼の姿や当時の状況を徐々に知ることとなる。70年の時を超え、そ曽孫が亡き曽祖父に憧れ、たどり、寄り添いながら、“戦争”“軍属”について考える。

<制作者からお客様へメッセージ/2017年6月>
「お父さん、来たよ。遅くなっちゃったけど」
祖母が殉職船員追悼式で呟いていた言葉です。私には久しぶりに曽祖父・眞柳照乎と向き合う祖母の姿が、7歳で父を亡くした少女にしか見えませんでした。あの時代に何があったんだろう、曽祖父はどんな人だったんだろう、そう思った瞬間でした。
初めて作った作品で、何もわからないまま曽祖父を知りたい一心でカメラを回していました。何が好きだったんだろう、どんな場所へよく行っていたんだろう、あの時何を思っていたんだろう。
撮影を終えて思ったことは、亡くなった理由は戦争でも彼が生きた人生は、好きな船に乗り、娘にお土産を買ってくる父親の姿のほうが多かったということです。もしかしたら自分の家族も思っていた姿と違う人生があるかもしれない。そんな気持ちで見ていただけたらと思います。

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ドキュメント・トーク

当映画祭の名物ともいえる、「ドキュメント・トーク」。上映作品の監督や主人公が作品に対する秘めた思いやエピソードも交え、白熱したトークが繰り広げられます。

6月24日(土)
17:00~
●玉村 公二彦 (奈良教育大学教授)
『発達のひかりは時代に充ちたか?療育記録映画「夜明け前の子どもたち」から学ぶ』共著者
●西村 信子
(重度のてんかんと知的障害をもつ「奈緒ちゃん」のお母さん)
●伊勢 真一 監督
6月25日(日)
17:00~
●金 聖雄 監督
●榛葉 健 監督
●伊勢 真一 監督 他

2016年度のドキュメント・トーク様子

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